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成育科ブログ

2014.11.20

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東奥日報夕刊の連載「知ってほしい赤ちゃんのこと」は今週が6回目です。今回は青森県の周産期医療の背景に関して述べてみました。これまで全国的な周産期医療・新生児医療の傾向に関して述べてきましたので、今回と次回で少し青森県内の状況をご紹介して行きたいと思います。

第6回目 (Custom)

以下、6回目原稿です。

前回まで、全国で低出生体重児の出生数が増加していることを述べてきました。その理由をお話しする前に今回は青森県の周産期医療の背景を少しご紹介してみたいと思います。
本県の周産期医療で着目すべきは乳児死亡率・新生児死亡率・周産期死亡率といった各死亡率指標の悪さです。図に都道府県ごとの周産期死亡率を5年間の平均値とした全国順位の推移をグラフでお示しします。図では上位ほど死亡率が低く、周産期死亡率では特に平成以降の順位が下位に低迷しています。乳児・新生児死亡率も同様に常に全国の下位にあり青森県は歴史的にみても周産期関連死亡率の高い県であると言えます。
特に本県では乳児・新生児死亡の原因として、1000g未満で出生した超低出生体重児の死亡率の高さが大きく影響しています。平成11・12年は2年連続で全国ワーストでしたが、当時、在胎28週未満の超早産児の赤ちゃんの半分以上が亡くなっています。十数年前とは言え、当時の全国での死亡率は2割未満でしたので、かなり高い死亡率であったと言えます。県内では当時、1000g未満の小さな赤ちゃんは7つの医療機関で分散して診療され、各施設の年間入院数のほとんどが一桁でした。問題なのは個々の医療機関の医療水準よりも、こうした特殊な治療を要する患者さんが分散されていた点にあります。
こうした状況を打破するため、今からちょうど10年前の平成16年11月に県病に総合周産期母子医療センターが開設されました。同時に県病を本県の周産期医療の拠点とし、さらに八戸市民病院、弘前病院、青森市民病院、むつ総合病院を地域周産期母子医療センターとして、患者さんの重症度に応じた役割分担や搬送体制などを定める「青森県周産期医療システム」が構築されました。県病では現在、青森県内で出生する1000g未満の超低出生体重児のほぼ全てを診療しており、年間入院数は約30名前後となっています。その多くが出産前に搬送される母体搬送によって県内各地から運ばれ、県病で生命に関わる急性期の治療を終えると、その半数以上が地域周産期母子医療センターのある地元へ戻り(これを後搬送と言います)退院します。
重症な患者さんを専門に診療する医療機関を決め、そこに集めた方が治療成績が上がることは他の医療分野でも知られており、これを「集約化」と言います。県内の医療機関の協力による「集約化」が功を奏し、本県の平成25年までの周産期死亡率の5年平均値は、上から16位とようやく上位群に仲間入りすることができました。また昨年の各死亡率は乳児死亡率が3位、新生児死亡率が4位、周産期死亡率が3位という過去にない好成績でした。
ただ、我々医療従事者や行政・マスメディアはどうしてもこうした「数字」に目を奪われがちです。しかし、こうした数字の背景には一人一人亡くなられた赤ちゃんとそのご家族がいらっしゃいます。そのことを忘れてはならないことを、これは自戒の念も込めてここに書き留めておきたいと思います。さらに、救命されたとしても、様々な後遺症で悩まれている方たちも沢山いらっしゃいます。こうしたことも今後の連載の中でご紹介して行きたいと思います。

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2014.10.23

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東奥日報夕刊の連載「知ってほしい赤ちゃんのこと」は今週が5回目です。今回は低出生体重児の出生数がどのくらい増加しているのかを解説してみました。ちょっと数字ばかりになってしまったので読みにくかったかも知れません。少子化なのに低出生体重児の出生数が増加している理由は次回以降に述べてみたいと思います。

5回目 (Custom)

以下、5回目の原稿です。

前回ご紹介した巨人・村田選手のお子さんが生まれたのが2006年。実は出生体重1000g未満の超低出生体重児の全国の年間出生数はこの年がピークで、3460人もの小さな赤ちゃんが生まれました。15年前の1991年は2361人でしたので、15年間で46.5%も増加したことになります。
ちなみに出生体重1.5kg未満の極低出生体重児は6659人から8373人へ25.7%増、2500g未満の低出生体重児は79688人から104559人へ31.2%増でした。
一方、この15年間の総出生数は1223245人から1092674人と-10.7%も減りました。総出生数が減っているのに低出生体重児は実数として増加しているわけですから低出生体重児で出生する率は実数以上に上昇しており、低出生体重児の出生率は15年ほどで1.5倍にも上昇したことになります。
さらにこの傾向は特に東京で顕著でした。地方では低出生体重児の出生数の増加は総出生数の減少で多少相殺されていました。しかし東京だけは以前から合計特殊出生率が他地域に比して極端に低く(2006年の東京都の合計特殊出生率は1.02、全国は1.32)、言ってみれば少子化が「完成」しており、総出生数はむしろ人口増に伴い微増していました。
このため低出生体重児の出生率上昇がそのまま実数として反映されてしまった形となり、全国でも真っ先にNICUの病床不足が深刻化したものと考えられます。「たらい回し」と言われる事件が東京で発生したことは、こうしたデータで振り返ってみると必然であったと言えるかも知れません。
わが国の出生数は「団塊の世代」を最初のピークとし、その後1970年代前半に第二次ベビーブーム(団塊ジュニア世代)を迎えます。団塊ジュニア世代の出生数は年間200万人以上で現在の約2倍の出生数があったことになります。しかし近年の低出生体重児の出生数は団塊ジュニア世代を超えるほどで、特に1000g未満の赤ちゃんは当時の2倍以上の出生数となっており、その推移はあたかも「第3次ベビーブーム」の様相を呈しています。
小さな赤ちゃんを受け入れる新生児の医療体制は平成6年の厚生労働科学研究の結果から、人口100万人あたり1万人の出生があり、それに対してNICU病床数は20床あれば足りるとの結果を根拠に整備されてきました。しかしこの2006年当時、この医療体制ではNICUの病床数としては完全に足りなくなってしまっていました。こうした「たらい回し」事件を発端に新生児医療体制が見直されることとなり、NICUの必要病床数は出生1万人あたり30床必要と算出され、近年、全国的にNICUの病床数整備が進んでいるところです。

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2014.10.09

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東奥日報夕刊の連載「知ってほしい赤ちゃんのこと」も4回目となりました。今回は「たらい回し」の真実と題して、読売ジャイアンツの村田選手のお子さんのお話を取り上げさせていただきました。
連載は毎月第1・第3月曜日の夕刊なので、次回は10月20日の予定です。

4回目写真 (Custom)

以下、連載4回目です。

たらい回し」という言葉がしばらく前にマスメディアを賑わせました。重症妊婦さんの緊急受け入れ先が見つからず治療が手遅れとなり、妊婦さんが死亡した事例が相次いだことに端を発しています。
当時、病院が患者さんを受け入れられなかった理由として、産科医師不足もさることながら、ハイリスクのお産で生まれてきた赤ちゃんの治療を行うNICU(新生児集中治療室)の病床不足の深刻さが、その背景としてにわかにクローズアップされました。最初の事件発生が2006年。08年から09年にかけてが報道のピークでした。
プロ野球の元横浜ベイスターズで現読売ジャイアンツの村田修一選手は多くの方がご存じかと思います。村田選手のご長男は06年に超低出生体重児で生まれました。
村田選手の奥様は妊娠23週を迎えたある朝、突然破水し、すぐにかかりつけ医を受診し母体搬送先を探しますが、居住地の横浜市内で受け入れ可能な病院はなく藤沢市の病院へ運ばれます。その後、息子さんは在胎24週712㌘で生まれ、すぐにNICUでの治療が始まりました。2月だったので村田選手は沖縄でのキャンプ中でした。
順調に経過していたかと思っていた矢先、生後1週間頃に超低出生体重児の重篤な合併症の一つで腸が破れてしまう「消化管穿孔(せんこう)」を発症し、非常に危険な状態となります。藤沢のNICUでは小児外科の治療ができないため、さらに高次のNICUへ搬送しなければなりませんが、またここで「NICU満床の壁」が待ち構えていました。
ここから先は当時の様子をまとめた単行本「がんばれ‼小さき生命たちよ―村田修一選手と閏哉くんとの41カ月(TBSサービス)」から抜粋します。
「それで、どこに搬送されるんだ?」
「受け入れ先がまだ見つからないの」
「目の前が真っ暗になった。神奈川や東京の手術まで可能なNICUはすべて満床で、(中略)手術を受けるためには、静岡県の大きなNICUに行くしかないかもしれないという。」
「受け入れ先の病院までは100キロ以上もある。」
「あんな小さな息子には100キロの道のりはきつすぎるんじゃないか。」
「しばらくしてから再び電話の着信音が鳴った。『神奈川県立こども医療センターが受け入れてくれることになった。』震えるような声で嫁が告げた。全身の力が抜ける気がした。」
当日の朝、こども医療センターのNICUはほぼ満床で、さらに双子の早産児が生まれる直前だったため受け入れが困難でしたが、たまたま片方の赤ちゃんがとても軽症だったので、幸運にも急きょ受け入れが可能となったと言うのです。この後、村田選手の息子さんはこども医療センターNICUによる懸命の治療が奏功し、今はすっかり元気にすくすくと育っていらっしゃいます。
こうした体験から、村田選手はヒットを打つ度に募金する「支えるん打基金」プロジェクトや、NICUから退院したお子さんたちを東京ドームに招待する「NICU観戦会」など、新生児医療への支援活動をされています。
村田選手は「NICUのベッドと人員の不足が、救えるはずの赤ん坊たちのいのちを危険にさらしている現状を、このとき初めて知った。」と書いています。こうした現状を多くの方に知っていただきたいと思っています。

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2014.09.04

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東奥日報夕刊の連載も3回目になりました。今回は「NICUってどんなところ?」と言うタイトルでNICUの紹介的な内容にしてみました。

「コウノドリ」と言う漫画がモーニングで連載していて、名前だけは以前から知っていたのですが、先日、出張の際にKindleでまとめ買いして新幹線で1巻から4巻まで一気読みしてしまいました。でもこの漫画は新幹線で読んではいけません。きっと隣の人にはiPad見ながら泣いている変なおやじとしか映らなかったことでしょう。そのストーリーが感動的なのはその通りですが、それにも増して産科・周産期医療の現場に対しての描写と記述が極めて精緻かつ臨場感に溢れています。私たちのように周産期医療に関わっている人間ならある意味「日常的」な光景ですが、恐らくは基礎知識のない方達にとってはまさに「非日常」、衝撃なのではないかと思います。

今回3回目となるこの連載では「いつ誰が当事者になるか分からない」ことをその根底のテーマとして考えていますが、その点でもこの「コウノドリ」はそれをもっともっとリアルな形で示してくれているのだと感じていました。

「コウノドリ」では6月からNICU編がスタートしましたが、その冒頭で主人公の鴻鳥先生が「NICUは赤ちゃんを育てる場所なんです」と語るこの言葉こそ、今回の「NICUってどんなところ?」と言うお題にぴったりと考え講談社にお願いしてその部分の掲載許可をいただきました。
NICU編4

「コウノドリ」のNICU編は先週が最終回でしたが、その最後に鴻鳥先生が「赤ちゃんと一緒に両親も成長させる場所なのかもしれませんね」と語ります。それが今回の原稿の締めくくりと一致してしまったことにさらに驚いてしまいました。「パクリ疑惑」を持たれそうですが、本当にこれは偶然のことです。
DSC057272 (Custom)

以上、ちょっと余談ばかりになってしまいました。

「コウノドリ」ほどの影響力はありませんが、周産期医療をもっと広く知っていただくため、またこれからも地道に続けて行きたいと思っています。「コウノドリ」の今後も楽しみにしています。

以下、連載3回目です。

「コウノドリ」という漫画をご存じでしょうか? 「産婦人科医でジャズピアニスト」という異色の主人公が登場する医療漫画で、週刊「モーニング」(講談社)で2012年から連載されています。
 周産期医療の中で私たちが日々直面する患者さんとそのご家族の葛藤が丹念に描かれ、6月からはNICU編が始まりました。その初回で、主人公が小さな赤ちゃんを産んだお母さんに「NICUは赤ちゃんの病気を治す場所ではありません。赤ちゃんを育てる場所なんです」と語ります。
 NICUには厳密な施設基準があります。清潔な環境(クリーンルーム)であること、一定以上の面積を要することと、赤ちゃんのベッド代わりである保育器をはじめとした集中治療に要する様々な医療機器の設置が必要です。
 赤ちゃんを見守るスタッフも重要で、看護師さんは赤ちゃん3人に対して常時1人以上配置されていなければなりません。夜間も同じ体制なので、たくさんの看護師さんが必要です。医師もNICUだけの専任医師による24時間体制が必要です。新生児専門の医師はとても少なく、県病でさえ専任医師5人のみで24時間体制を組んでいます。
 こうして書いていくと、まるで無機質な器械だらけの空間を想像されるかもしれません。確かに見た目は器械だらけの病室ですが、NICUはただ治療だけを行う場所ではありません。
 例えば1000㌘未満で生まれた赤ちゃんは、数カ月から長ければ半年近く入院することもあります。この長い入院期間に赤ちゃんたちは文字通り「育って」いくのです。
 NICUに赤ちゃんが入院することになったご家族は、それまでそんなことは夢にも思っていなかった方たちばかりです。いつもの朝を迎え、いつも通りにかかりつけの産科に妊婦検診に行ったら、突然「緊急に入院が必要です」と言われ、そのまま県病まで救急車で搬送され、その当日に赤ちゃんが早産で生まれてくる、そんな経過の方も珍しくありません。それまでの妊娠経過で何の問題もなく出産予定日を迎えても、出産時に突然仮死状態になることもあります。無事に生まれたと思ったら先天性の疾患が見つかる場合だってあります。妊婦検診で疑われる場合もありますが、そうでない場合の方が圧倒的に多いのが現実です。
 赤ちゃんのご両親にしてみれば心の準備も何もないのが当たり前で、その現実を受け入れるまでに時間がかかることも少なくありません。その経過は百人百様、同じ人などいません。しかし、その長い入院期間の中で赤ちゃんが、次々と襲いかかるハードルを一つ一つ乗り越え、時にはつまずき、それでも少しずつ「育って」いく中で、その現実を家族として乗り越え、赤ちゃんとの絆を育んでいく、その場所こそがNICUなのです。冒頭に「赤ちゃんを育てる場所」と書きましたが、その意味では「家族を育てる場所」と言えるのかもしれません。
 赤ちゃんが生まれると、普通は母子が一緒にいるのは当たり前のことですが、その当たり前がかなわなかったご家族に対し、不安や葛藤を受け止めるお手伝いをする責任が、全ての周産期医療従事者にはあります。しかし、私たちが支える以前に、厳しい条件の中でも育っていく赤ちゃんたちの生命のたくましさこそが、「家族を育てて」いくのだと感じています。

 

(この画像は当該ページに限って東奥日報社が利用を許諾したものです)

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2014.08.21

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東奥日報夕刊の連載2回目です。今回は産まれてきた赤ちゃんがどのくらいの確率でNICUに入院するのか?と言うあたりを中心に述べてみました。一般的にNICUに入院する赤ちゃんは33人に1人と言われていますが、軽症児を含めると実は1割以上の赤ちゃん達が入院しています。青森県周産期医療協議会で毎年出しているハイリスク新生児の統計でも、入院している赤ちゃんの割合は年々増加傾向です。今回の原稿に際して、ちょうど先月あった ビールの会 で全員に配布された“木陰の物語”の冊子に書かれていた一節が目にとまりました。

その人が
何かをしたからではない。

かといって、
何も努力をしなかったから
というのでもない。

理由などなく、
ただそういう現実だから、
そこから
スタートするしかない
巡り合わせの人がある。

本文中でも述べましたが、この一節はまさにNICUに入院している赤ちゃん達とそのご家族の状況そのものです。

入院の可能性は誰にでもある

前回の第1回目でも述べた「周産期医療は人ごとではないのだ」と言うことを、これからの連載でも言い続けていきたいと考えています。多くの方に「人ごとではない」と知ってもらうことから、周産期医療のその先にある結果的に何らかの後遺症を持つことになったお子さん達に対しても、その想いを拡げてもらえることを願いながら連載を続けて行ければと思っています。

以下は、今回引用させていただいた“木陰の物語”届ける!プロジェクトのFacebookページのリンクです。是非、こちらもご覧いただければと思います。

(画像をクリックすると“木陰の物語”届ける!プロジェクトのFacebookページにリンクします)

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以下、2回目の原稿です。

先日、ある会合でファミリーセラピストの団士郎さんが被災地支援の一環として始められた「〝木陰の物語〟届ける!プロジェクト」の活動として、「木陰の物語 ─Side by Side─」と言う小冊子が配られました。この中で、あるお子さんが児童相談所で経験したことの回想を元に団士郎さんが書いた「貝殻」と言う物語の冒頭部分が目にとまりました。

その人が
何かをしたからではない。

かといって、
何も努力をしなかったから
というのでもない。

理由などなく、
ただそういう現実だから、
そこから
スタートするしかない
巡り合わせの人がある。

この一節は「いつ誰が当事者になるか分からない」と言う一点において、まさしく私たちが診療している赤ちゃんたちとそのご家族の状況と重なります。
「NICU」という言葉をご存じでしょうか?一頃、大都市圏で急変した妊婦さんの受け入れ先がなかなか見つからず、その原因がNICU不足にあるとメディアで取り上げられた時期がありましたので耳にしたことがあるかも知れません。NICUとは「新生児集中治療室(Neonatal Intensive Care Unit)」の略称で、産まれたばかりの赤ちゃんたちに何らかの問題があった場合に入院し治療するところです。
NICUに入院する原因は大きく分けて3通りあります。1番目が予定日よりも早く産まれる早産児または低出生体重児、一般的には未熟児とも呼ばれます。2番目は分娩(ぶんべん)時に仮死状態や呼吸障害などの症状が見られた赤ちゃん、3番目は生まれつきに何らかの病気を持って生まれてくる赤ちゃんです。
ではどのくらいの割合で赤ちゃんはNICUに入院するのでしょうか?厚生労働省科学研究によると、NICUには33人に1人が入院するとのデータがありますが、これはあくまで集中治療を要する赤ちゃんの割合なので、比較的軽症な赤ちゃんも含めればもっと多くの赤ちゃんが入院します。青森県では毎年ハイリスク新生児調査を行っており、その集計では平成23年には年間9531人の出生に対して、何らかの医療を要する赤ちゃんが1173人と、約12.3%もの赤ちゃんが入院したとされています。
一般的に全出生のうち2500g未満の赤ちゃんの出生率は約9.5%で、さらに双子以上の多胎では約75%が2500g未満で出生し、約1割は1500g未満で出生します。また、出生体重に関係なく生まれつき心臓に疾患のある先天性心疾患の赤ちゃんは100人に1人出生すると言われています。
近年、NICUに入院しなければならない赤ちゃんが増えてきています。一方、日本では少子化の進行が将来の国の基盤を揺るがしかねないとして大問題となってきています。少子化がこれだけ進行しているのにNICUが足りないとは不思議な気がしませんか?その理由はこれからの連載の中で詳しくお話ししていきたいと思います。

(この画像は当該ページに限って東奥日報社が利用を許諾したものです)

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