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成育科ブログ

2014.02.17

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信州フォーラム3日目です。前日から降り続いた大雪で甲信越地方の交通が完全に麻痺状態となりました。新幹線・在来線・高速道路は全て止まっています。確かにホテルの外も大雪です。

そこで、小林先生・寺田先生のレンタカーに北海道大学の兼次先生と一緒に乗せていただき、一般道で東京を目指すことにしました。今から考えればあり得ない選択でしたが、この時点ではまだ、特に山梨方面の雪害の惨状は全く分かりませんでした。

安曇野、松本、諏訪ともの凄い悪路の中進みましたが、茅野市を過ぎたあたりから通行止めに会い、迂回して原村へ(上の地図で緑の線が途切れたところから上のあたりです)。ところが、同じく東京を目指す車が次々に雪にはまって立ち往生してしまい、みんなで車を押したリタイヤを掘り出したり助け合いながら脱出しましたが、このあたりで既に夕刻を過ぎていました。

富士見駅を過ぎたあたりで、その先の状況を警察官の方に聞くと、この先は行けたとしても小淵沢の道の駅止まりとのことで、そこで寝泊まりするしかないとのこと。あたりには行き先を失った乗用車の列が連なり、コンビニの駐車場も一杯になっていました。近くの公民館が避難所として開放されるとの情報も入ってきました。

この写真は上の地図でガソリンスタンドとセブンイレブンが向かい合っているあたりで撮ったものです。

ここのコンビニで当面の食料と、非常時に備えて色んなものを買いそろえ、万一の場合には車中泊を覚悟で宿が確保できそうな諏訪湖を、元来た道を頼りに目指すことにしました。20時頃には諏訪湖畔まで辿り着くことができて、これで何とか一安心です。

翌朝はすっかり天候も回復し、部屋からは綺麗な諏訪湖を眺めることができました。

宿の朝食でみんな揃って。

ここから先、どうやって帰るかを考えました。どう考えても中央道や中央線が回復する見込みはなさそうで、可能性があるとすれば長野まで移動して新幹線再開を待つかと言うところですが、位置的に完全に離れてしまっています。ところが、幸いにも松本空港から千歳空港への便に空きがあることが分かりました。ここで、北海道組と行動をともにするか、松本で別れるかの決断を迫られましたが、飛行機が現時点で最良の選択と判断し、千歳空港経由で青森へ戻ることを決めました。松本空港に着くと駐車場には樹氷にのようになった車が山ほどありました。

なぜ自分が北海道にいるのか実感できないまま、すぐに青森便に乗り継ぐことでき夕方には自宅へ帰ることができました。これまでの状況を考えるとほとんど奇跡としか言いようがありません。小林先生、兼次先生、寺田先生、ありがとうございました。そして、本当にお疲れ様でした。

今になって情報があれこれ入ってきてから考えると色んな反省点が思い当たります。そこで今回、いったいどのような判断が最も適切だったのかをもう一度考え直してみました。今回のフォーラムでは血液ガス分析のガイドライン作りが話題となっていましたが、静岡済生会病院の杉浦先生のスライドを参考に「CQ:信州フォーラムからの帰路で大雪の交通障害に遭遇してしまった場合のガイドライン(案)」をスライド化してみました。

何より、情報が乏しい中での車での移動はやはり最もリスクが高い選択だったようです。私たちは道中、埋まった車の手助けで時間が取られたことが逆に幸いしたようで、もし順調に進んでいたら、そしてもし長野の雪がもう少し少なかったら今頃はまだ甲府の手前で足止めだった可能性があります。まだ足止めされている方もいらっしゃるかと思いますが、一日も早く帰路につけますことを祈っています。
また、今回の信州フォーラムは大変なことになってしまいましたが、でも素晴らしい会ですのでこれに懲りずに来年も是非参加したいと思っています。

2014.02.16

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先週、2月13日(木)から2月15日(土)まで、毎年長野県大町市で開催される新生児呼吸療法モニタリングフォーラム(信州フォーラム)に参加してきました。このフォーラムは医師だけでなく看護師さんや臨床工学技士さん、また企業の方々も大勢参加される新生児医療関連の研究会です。長野県は青森からは遠いのですが、それでも内容は毎回盛り沢山なので毎年欠かさず参加しています。

出発の日の青森は好天でした。長野へは新青森から新幹線で大宮乗り換えし、長野新幹線に乗り換えます。会場の大町市までは更に長野駅からバスで80分ほどのところにあります。移動時間は正味で6時間、それでも八戸乗り換えの頃よりは楽になりました。

会場に到着、毎年、雪だるまがお出迎えしてくれます。

初日は「最新のNICUをデザインする~ファミリーセンタードケアを考える」と題して、赤ちゃんとご家族が過ごしやすいNICUを目指した取り組みを各施設から発表されました。4床室にしてご家族が過ごしやすくした聖隷浜松病院や個室化に取り組む高槻病院の取り組みが紹介された後、「光で世界一のNICUを作る」のコンセプトで設計された名古屋第二赤十字病院の田中太平先生が発表されました。

詳細は語りきれませんが、ちょうど同じ頃にNICUの改築設計をしていた施設としては、田中先生の高い志にただただ感服しました。 田中先生の取り組みは既に多くで取り上げられていますので以下にリンクだけご紹介しておきます。

光あれ・・・新生児集中治療室は今・・・。
光のソムリエ プルミエール

2日目の最初は新しい人工呼吸モードであるNAVA(neurally adjusted ventilatory assist)のセッションでした。

NAVAは当科でも間もなく導入予定なので呼吸管理好きとしては興味津々で聞き入りました。従来の人工呼吸器とはセッティングも全く異なりまだまだ勉強が必要ですが、これまでも他院ではあまり使われていないPAV(proportional assist ventilation)を積極的に使ってきた当科ですので、比較的導入はしやすいのではないかと考えています。実際に使用されている実例をお聞きしたのと、懇親会でも演者の高橋先生とあれこれお話しできてとても勉強になりました。

2日目の夜は懇親会です。この会は毎年1000名近くの参加があり、懇親会ももの凄い人数です。

こちらは毎年恒例の和太鼓です。生の太鼓はもの凄い迫力です。

懇親会の後は、以前、青森でも一緒に働いていて、現在、札幌医大NICUの小林先生や、苫小牧市立の寺田先生に加えて、長先生をはじめとした北海道大学の皆さんや長野こどもの先生達との二次会で盛り上がりました。

こうして2日目の夜も過ぎていきましたが、この間にも外ではしんしんと雪が降り積もっていました。そして大変な翌朝を迎えることになります。(続く)

2014.02.02

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2月1日(土)はあおもり母乳の会 第11回学習会が当院で開催されました。今回は「早産児だからこそ母乳育児!!!」と題して、特にLate preterm児を中心に当科での取り組みをご紹介しました。内容的には以前、ご紹介した周産期医学の9月号「周産期におけるPros, Cons 新生児編」に「Late preterm児は母子同室で管理したほうがよい」と言うタイトルで掲載された原稿を元にしています。
今回の学習会には当科の母子室にも導入している授乳服メーカーのモーハウス代表の光畑由佳さんにもお越しいただきました。最後の写真は光畑さんとのツーショットです。この学習会の後、光畑さんは青森県内の旅行へ、網塚は東京へ発ちました。

2014.01.29

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先日の高知での講演会のお話しの続きです。講演終了後の質疑で、当科が「神奈川方式」を導入したことに関連して、ある先生から「どうして神奈川方式を全面的に受け入れたのか?」と言うご質問がありました。

そこでお答えしたのが今日のタイトルである「四本足の椅子」のたとえです。

新生児医療では治療方針や成績には施設間差が大きいことが知られていますが、その一方でとても小さな赤ちゃんを対象にしていることから、ちょっとした治療方針の変更が大きな合併症につながってしまう可能性もあります。たとえ、ある施設で行われている治療方針がやや時代遅れ気味であったとしても、その施設での治療方針としてはそれはそれなりのバランスを保っていることが多く、逆に「これが最新の治療法です」と一部だけ変更すると逆に変なことになりかねない、そんな心配をしています。

四本足の椅子は、仮にその足が古い足でも、それまで使えていたならそれはそれなりですが、一本だけ新品に取り替えた途端、グラグラしてしまう、そんなイメージです。かと言って、治療方針が古いままで良い訳もなく、ならばいっそのこと全部新品に取り替えてしまえ、と言うのが基本的な発想です。

実はこのことは以前、このブログでもご紹介したことのあるちいさなちいさなわが子を看取る - NICU「命のベッド」の現場からの書籍の中で、当科におけるいわゆる「神奈川方式」への変更の取り組みが「医療スタッフ育成の成功例 ー神奈川+青森(p214)」として紹介されています。

(クリックするとAmazonnへリンクします)



この書籍の中でインタビューに答えている部分がありますが、まさに今回の高知での講演でのエッセンスが詰まっています。と言いながら、実は講演ではこの書籍のご紹介をするのをすっかり忘れてしまいましたので、改めてブログでご紹介させていただきました。
 

2014.01.25

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引き続き1月23日(木)に開催された高知県周産期医療人材育成プログラム講演会での様子をアップします。
(画像はそれぞれクリックすると拡大表示されます)


講演会では「『自動積立型』人材育成のすすめ」と題して、当科での人材育成の経緯や考え方に関してお話しさせていただきました。

今回のお話しのキーメッセージは「優先順位を入れ替えるだけで人材はあっという間に育ってしまいます。さあ、最初の一歩を踏み出しましょう!」です。お金を貯めるには「お金が余ったら貯金しよう」ではなかなか貯まりません。なので給料引き落としの自動積み立てにするのが有効ですが、人材育成も一緒なのではないか?と言うのが今回のお話しのポイントです。
しかし、そのためにはギリギリの医師数で診療を維持させる必要があります。今回の講演ではなぜそうした選択をするに至ったのか?そこに至るまでの過程とその背景に関して述べさせていただきました。

冒頭に青森県の周産期医療のこれまでの経緯をお話ししました。まだまだ改善の余地は多々あるものの、以前のように全国でダントツの悪さではなくなってきています。

ただ、総合医療センターが開設され超低出生体重児の集約化が進み、乳児死亡率が良くなってきたかな?と言う頃に、派遣元大学からNICU医師の引き上げが始まりました。

全ての発端は平成17年4月の北海道新聞の記事からでした。なぜ道立大学である札幌医大から道外の青森県に何人もの小児科医を派遣するのか?と言う記事です。記事の是非はともかく、これが全ての発端となったことは事実です。

2008年当時の当院NICUの医師不足は全国紙で取り上げられたこともあります。

翌2009年には東京で開かれた周産期専門家会議で新生児科医師不足が新生児診療体制と予後に与える影響」と題して、全国で最も医師不足のNICUとして発表したこともあります。新生児医療は昼夜を問わず診療が続くので、夜間は翌日のことを考えず診療に当たるのが本来の姿ですが、当時はバトンを渡す相手にさえ事欠く状況でした。

それでは、どうしてこんなことになってしまったのでしょうか?

新生児医療の位置づけを考えてみると、国の定める医療計画の中では4疾病5事業(当時)の中にある周産期医療の重要な一角を担っているにも関わらず、その一方で、小児科の中での位置づけは20以上ある各専門分野の1つでしかありません。それではその比率を決めているが誰かと言えば、多くの場合小児科教授の見識にかかっています。

ある大学医局では「小児科医は新生児も診療できて当たり前」と考え、十分な研修の場を提供している医局があるのに対して、

一方で、新生児は文字通り1/20程度にしか扱わない医局があるのが現実です。

しかし、新生児医療に力を入れていない医局の小児科は、産科医から見放され、結果として分娩施設のない病院で若手が研修せざるを得ない状況が生まれたりします。

こうした小児科教授の見識の違いは、ひいてはその県や地域の乳児・新生児死亡率にまで左右します。

こうした背景を述べた後、再び当院の再起の道に関してお話しを続けます。最も人手不足が深刻だった頃、助けに来てくれたのが宇都宮先生でした。彼の助けのお陰で当院のNICUは潰れることを回避することができ、またその後に松尾・川村先生が当院の初期研修医から、更に寺田先生も札幌から当科のシニアレジデントになってくれるなど、徐々に人的体制を立て直すことができました。

この間、池田先生は神奈川県立子ども医療センターNICUで研修をすることができ、平成23年1月に復帰してからは、当科の診療方針を神奈川方式に全面的に変更しました。

その結果、平成23年の極低出生体重児の全国調査では施設別補正死亡率が全国でもトップクラスにまで至ることができました。ちなみに当院では「神奈川方式」と読んでいますが、本家本元の神奈川こどもの豊島先生からは「池田方式なんじゃないの?」とは言われているようです。

池田先生が1月に復帰後、その年の1月から3月まで佐藤先生→寺田先生→松尾先生と1ヶ月交替で神奈川こどもで研修させていただき、「神奈川方式」を直接各自それぞれ自分の目で見ることができたのが非常に大きかったと感じています。

「神奈川方式」では主に循環管理を全面的に改め、また新たなパラメータも導入されました。ここで、実際に「神奈川方式」を見ていないのが部長のみとなってしまったため、現在の治療方針に慣れるのにはかなりの時間を要しましたが、早いものでもう3年にもなるとさすがに最近は慣れてきました。

こうしてスタッフが充実してきたところで満足していてはまた過去と同じ過ちを繰り返しかねないので、積極的に人材育成をする方針としました。それが昨年春に2名同時の国内留学であり、この方針こそが今回のテーマである「自動積立型人材育成」そのものです。しかし、今年度春に4名体制を覚悟して2名の国内留学を決めましたが、結果的に八戸市民病院から三上先生が、更に弘前大学からも三浦先生がきてくれたので、綱渡り的ではありますが、結果オーライで現在に至っています。

NICUが開設され、既に13年も経とうとしていますが、人材的に振り返ってみるとこの間に当院NICUで研修をして、現在も県内の他施設で仕事をしているのは佐藤先生一人と言う状況に気づき愕然としてしまいました。
県内の超低出生体重児の全てを集約化しているのに、その診療による経験「知」が還元されなければその地域の医療が発展する訳がありません。そうした背景から、昨年もブログでご紹介しましたが、地元の弘前大学との連携再構築が今まさに始まったところです。

以上をまとめてみると1つの考え方が頭に浮かんできました。

米百俵」の故事です。「目先のことにとらわれず、明日のために行動する」このことこそが、人材育成の要となる考え方なのではないか、そんな風に考えています。

人手不足と合併症の多さ、当時はこの両面でまさに闇の中にいたような気がします。しかし、人材が育成され、組織として進化した時、その両方の闇から同時に抜け出ることができました。頭数が足りないのでなかなか辞められませんが、今や部長がいなくても診療が成り立つに至りました。人材育成とは自らが必要なくなる営みなんだなと感じている今日この頃です。
とは言うものの、ここまで至ることができたのも多くの出会いと仲間達があってこそです。本当に心から感謝です。

今回、こうした機会がなければそのままこの記憶は墓まで持って行くところだったかも知れません。内容も極めて個人的なことが多く、単なる苦労話のようになってしまいましたが、皆さん、熱心に耳を傾けていただけて嬉しかったです。発表の機会を下さった高知大学小児科の藤枝先生、高知医療センターの吉川先生には心より感謝申し上げます。

講演会終了後には懇親会を開いていただきました。高知の皆さんはとても仲が良く、同じ目標を目指す気持ちが強く伝わってきました。同じ地方同士で人手不足は共通の悩みではありますが、みんなで協力して行けばきっと報われる日が来ると感じました。

高知の皆さま、本当にありがとうございました。

 

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