2015.10.29
先週末に盛岡で開催された第60回日本新生児成育医学会の2日目には「少子化の進行が及ぼす新生児医療体制への影響は?~何が起こる?何をしなければならないか?」と題したシンポジウムが開催されました。このシンポジウムは 今年7月の日本周産期新生児学会で予告編 とも言えるポスター発表をしましたが、今回の学会ではThe Team TOHOKUとして企画・立案に関わっていたこともあり、このシンポジウムを提案させていただきました。
まずトップバッターとして「少子化の進行にともない低出生体重児出生数はどう変化するか?~人口動態統計による将来簡易推計の試み~」と題して、この問題の概略に関してお話しさせていただきました。
人口動態予測と言うのは実は非常に正確に予測することが可能と言われています。なぜなら既に生まれてしまっている人達がいるからで、これからどうなるかは実はこれまでの我が国の出生数の推移のこのグラフから全部分かってしまうと言っても過言ではありません。
まず、「少子化なのになぜNICUが足りないのか?」と言うのが素朴な疑問として湧き上がってくると思います。
過去の低出生体重児の出生数を母親の年齢別にみてみると、低出生体重児が最も多く、しかもNICU不足が社会問題となっていた2008年の頃、実は35歳以上のお母さんから生まれる低出生体重児は既に減少局面にありました。2003年から2008年にかけて低出生体重児出生総数が増えたのは35歳以上のお母さん達から生まれた低出生体重児の増加に寄ることが分かります。
これは以前もこのブログ( 極低出生体重児の母親年齢を多い順に並べると?≫回答 )でご紹介しましたが、母親の年齢別出生数の年次推移のグラフです。母親の年齢別出生数は2000年から2005年にかけて、20代後半が30代前半に、20代前半が30代後半に、さらに20歳未満が40歳以上にそれぞれほぼ同時期に追い抜かされされています。
これをもっと詳しく見ると、ほぼ2003年から2004年にかけて追い抜かされているのことが分かります。
それでは2500g未満の低出生体重児ではどうなっているかと言えば、この「追い越し」のタイミングが若干早まっており2002年前後で追い越していることが分かります。さらに、直近の2013年には20代後半と30代後半の出生数が急接近しています。
それでは極低出生体重児ではどうなっているかと言うと、低出生体重児での傾向を「前倒し」させたたような傾向となっており、さきほどの「追い越し」タイミングが1990年代後半までさかのぼります。さらに2008年頃には30代後半が20代後半を追い抜き、最近では40台が20台前半をも追い抜いてしまっていることから、現在の順位は、1位:30台前半、2位:30台後半、3位:20台後半、4位:40台、5位:20台前半、6位:20歳未満と言うことになります。
以上をまとめると、以下のことが分かります。
それではこれからどうなっていくのか?と言うことなのですが、これもこれまでのことを考えてみれば意外に予想は簡単です。
全出生数の95%以上は20歳から40歳までのお母さん達から生まれています。この20歳から40歳の女性人口がこの青枠に相当しますが、この女性人口から現在の出生数があります。
じゃあ、20年後にどうなるかと言うと、この青枠が右に20年分移動することになります。青枠を左右で比べてみると「右肩下がりの三角形」が消失していることが分かります。先ほど、低出生体重児出生数の増加は30代以上のお母さん達から生まれる分の数が増加しているからと書きましたが、その年代のお母さん達の絶対数が20年後には既に進んできた少子化の影響で減少してしまうのです。
2013年現在の各女性年齢別人口あたりに低出生体重児が生まれる率を表にしたものです。
一方、向こう20年間のお母さんになる世代の女性は既に生まれていますので、2013年から5年ずつ経っていくと、各年齢の枠が5年ごとに右下に移動することになります。
そこで、上の二つの表をかけ算すると低出生体重児出生数は20年後まではある程度予測可能と言うことができるのです。
実際に計算してみると、恐らく10年後には平成初期の水準にまで低出生体重児出生数は減少するとの試算になります。
ここにさらに大きな問題があります。
過去20年間の都道府県別出生数の減少率を高い順に並べてみると、宮城を除く東北5県が並び、一方、最も合計特殊出生率の低い東京都のみが増加していることが分かります。
つまり、低出生体重児出生数の減少率は地方ほどその数がどんどん減っていき、一方、東京都を中心とした首都圏あるいは大都市圏はしばらくその減少に気がつかないどころか、しばらくはNICU不足が続くものと予想されます。
少子化の進行が新生児医療になんの影響も与えないわけがありません。今後は特に地方ほど低出生体重児出生数の減少が顕著となり、このことは地方における症例不足による人材育成に大きな陰を落とすことになるでしょう。これまでは「NICUが足りない」と言って、いわば拡大路線できたわけですが、今後は規模の縮小を言う局面を迎えます。しかし、経験症例数の減少は診療成績の悪化をきたす可能性を高めます。これまで世界最高水準を誇ってきた我が国の新生児医療ですが、世界トップレベルの新生児死亡率を維持させるためにはかなり知恵を絞らなければならないと考えています。古来より領土拡大のための戦よりも「撤退戦」の方が難しいと言われますが、これからの世代の方達にはこうした厳しい時代を行く抜く知恵をもって欲しいと願って、この発表をさせていただきました。
続いて、東京都の代表として東大の高橋先生にご発表いただきました。やはり東京都はいまだNICU不足・人材不足が顕著とのことでした。
その一方で、過疎地域の代表として島根県立中央病院の加藤先生のご発表では、「すでに始まっている未来」とも言うべき現状をご報告いただきました。
最後に岩手医科大学の松本先生からはこれからどうして行ったら良いのか?に関する提言をしていただきました。
「首都圏はベッドが足りない、新生児科医も足りない」、「地方は症例数が不足し人材育成が困難」と言う構図なので、地方から首都圏に研修に行けるようなシステムが必要なのですが、ところが地方にはそもそも医師不足と言う「基礎疾患」のような状態があります。このジレンマをどこかで乗り越えて行かないとこれから起こる問題の解決にはつながらないのではないかと考えています。
これから起こるかもしれないことで最も避けなければならないのは、特に地方において経験不足による診療水準の悪化です。このシンポジウムがこれからの我が国の新生児医療を見直すきっかけとなることを願っています。座長の和田先生がこのシンポジウムが終わった後、「このシンポジウムはこれらも続ける必要がありますね」と言ってくれたので、とても心強く感じました。