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成育科ブログ

2016.05.21

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新生児医療連絡会30周年記念誌 に続いて、おもに元新生児科医の先生達がNICU退院後の赤ちゃん達を支援されている「 赤ちゃん成育ネットワーク 」の会報が届きました。こちらにも「NICU便り」として寄稿させていただいたのでご紹介させていただきます。
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本文中でも述べましたが、「成育科」とは言ってもまだまだ手探り状態・暗中模索と言うところですので、先人の諸先生からいろいろと教えていただければと思っています。

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以下、本文です。

平成16年11月に当院に総合周産期母子医療センターが開設され、昨年の11月で開設からちょうど丸10年を迎えました。
青森県は乳児死亡率が戦前から全国最低レベルで、2001年に当院にNICUが設置されて以降、県内全体でこれを改善しようと言う気運が盛り上がり、総合周産期母子医療センター開設を機に県内の超低出生体重児の当院への集約化が始まりました。救命率の向上に伴うNICUの病床不足に際しては、状態が安定した児を地域周産期センターへの後搬送によって受け入れていただくなどの施設間連携も徐々に形成されました。現在では県内で出生するほぼ全ての超低出生体重児が当院へ集約され、またその退院先も自宅退院は全体の約4割にとどまり、残り6割は地域周産期センターへ後搬送されています。こうした県全体の取り組みの成果として、昭和後半から常にワースト5位に低迷した周産期死亡率の5年平均値は直近の平成22~26年では上から9位と、遂に上位群の仲間入りを果たしました。
一方、超低出生体重児の救命率が向上するなかで消化管穿孔や脳室内出血などの重篤な合併症の発生率は決して満足行くものではありませんでした。こうした合併症を減じるため、平成23年以降は神奈川県立こども医療センターへの国内留学・研修により治療方針を全面的に見直しました。その結果、治療成績は大幅に改善し、新生児臨床研究ネットワーク(NRN)の2011年の成績では粗死亡率で全国77施設中トップの成績となり、さらに2013~2014年には、超低出生体重児58例中、死亡、重度脳室内出血、在宅酸素がともに2年連続ゼロと言うレベルにまで至りました。
この10年間、本当に色んなことがありました。かつての医師派遣元であった札幌医科大学小児科からの医師引き上げによる医師不足の時期は本当にいつ潰れてもおかしくありませんでした。現在の当院NICUがあるのは多くの出会いの中での「奇跡」としか言いようがありません。
青森県の新生児医療は当院が県外から医師派遣を受けていたため、結果として診療によって得られたはずの経験知を県内に還元できず霧散させてしまいました。他県を見渡しても、総合周産期母子医療センターへの医師派遣を県外大学に依存する地域の多くは現在も人材育成でご苦労されているところが多いのではないでしょうか?地域医療の発展には、患者さんと医師の動きを一致させ中核施設での研修を県内の医療に還元すること、そして自らの弱みを客観的に認識し常に進化し続ける姿勢の両者が不可欠であると、この10年で学びました。
しかし、課題はまだ山積しています。本県の新生児医療はこれまで極めて高かった乳児死亡率の改善を目指して政策医療の一環として整備されてきました。しかし、NICUから退院した児に対する支援はまだまだ手薄です。政策医療として行ってきた医療は結果的に「助けっ放し」になってしまっているとさえ感じています。
新生児期から発生する後障害は極めて多岐に渡り、その支援体制の構築もまた一筋縄ではいかないことを日々痛感しています。もはや、新生児医療の片手間でできる仕事ではないと考え、2016年度からは新生児科から独立し「成育科」を立ち上げることとなりました。
個人的には、これを機に新生児医療を離れ、今後は「成育科」に専念し、NICU退院後のフォローアップを中心とした様々な支援体制の構築に力を注いでいきたいと考えております。とは言うものの、ほとんど手探りの状態でもあり、「赤ちゃん成育ネットワーク」の諸先生からのご助言をいただければと思っております。今後ともご指導の程を何卒よろしくお願い申し上げます。

(文責 成育科 網塚 貴介)

2016.05.20

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先日、 新生児医療連絡会 が創立から30周年を迎えたとのことで刊行された記念誌が送られてきました。
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新生児医療連絡会では東北地方代表としての役員をかれこれ10年ほど努めさせていただきました。新生児医療連絡会では特に医師不足とベッド不足が深刻だった頃、医療政策の決定過程など世の中の仕組みをたくさん学ばせていただきました。ここでの仕事にはとてもやりがいを感じており、また人一倍思い入れも強かったところもありましたが、この春の「成育科」への異動を機に役員の職からも降ろさせていただきました。この記念誌刊行がちょうど個人的にも新生児科医を辞める時期と重なったこともあり、今後の新生児医療を担っていく「次の世代」の皆さんへのエールとして、その思いを書かせていただきました。ある意味「新生児科医としての遺言」みたいなものかな?とも感じています。

本文中にも述べていますが、これからの新生児医療はこれまでの患者過剰と医師不足に喘いできた時代とはまた全く異なった問題を抱えることになるだろうと思います。これまで以上の難題解決のためには今の30代、40代の世代の先生方の力が必要です。困難を乗り越えてさらなる発展を遂げることを心より願っています。

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以下、本文です。

新生児医療連絡会創立30周年を心よりお祝い申し上げます。今日の新生児医療体制が形作られたのも先人の諸先生によるご努力があってこそと思います。その恩恵で育った世代の一人として心より敬意を表します。またこの歴史ある本会で、かれこれ10年も幹事の末席に加えていただいたことは本当に光栄に思います。
我々の世代は新生児医療黎明期にご苦労されてきた諸先生の背中をみて育って参りました。しかし、現在の若手の先生方にとっては、もはや今の新生児医療体制も空気のように感じられている方も多いのではないかと思います。
この10年程、世間的には少子化が進行し将来の人口減少も懸念される中、低出生体重児の出生数だけは増加すると言うパラドクスの中にありました。2008~2009年にかけてはNICU不足が社会問題化しマスメディアでも頻繁に取り上げられました。こうした背景からNICU適正病床数見直しに伴う整備費関連予算もかなり出されました。新生児医療に携わっている側からすれば病床不足なのだから当然と考えがちですが、これも本会が中心となり全国の先生方のご協力の下、国に対して説得力あるデータを出せたからこそなし得たことだと思います。
一方、この低出生体重児出生ラッシュは人口動態統計を見る限りそろそろピークを過ぎつつあります。全国の低出生体重児出生数は2006~2007年がピークでした。低出生体重児の出生数を母親の5歳階級年齢別にみると、実は出生数のピークであったこの頃でさえ、35歳未満の母親から生まれた低出生体重児はすでに減少局面にありました。それでも低出生体重児が増え続けたのは35歳以上の母親からの出生数が急激に増加し、それが下支えしていたからでした。
今後、我が国の女性人口は団塊ジュニア世代をピークとしたボリュームゾーンの高齢化に伴い、35歳以上の出産可能女性人口さえも減少局面に入ります。低出生体重児の出生数は5歳階級年齢ごとの女性人口×出生率×低出生体重児出生率の総和によって求められます。全出生の95%以上は20歳以上の母親から出生し、20年後の20歳はすでに生まれていますので20年後までの女性人口は極めて正確に推計可能です。ここで、現時点の女性人口あたりの低出生体重児出生率を元に今後20年間の低出生体重児出生数を試算したところ、今から10年後には低出生体重児出生数は平成初期の水準に戻り、20年後には極低出生体重児の出生数は年間6000人を下回るという結果となりました。
ここでさらに大きな問題が控えています。若年層の大都市圏への流出による地方における出生数の加速度的な減少です。過去20年間の都道府県別総出生数の減少率は、トップが秋田県で青森県がそれに続き、上位5県は宮城県を除く東北5県で占められます。青森県の出生数は過去20年間でちょうど40%減少し、2009年に1万人の大台を割り込んで以降、その5年後の昨年には9000人をも下回りました。お隣の秋田県は6000人を切ってしまい、一番少ない鳥取県では年間4500人しか出生数がありません。これがさらに減っていくわけですから、今後、こうした出生数減少の激しい地域では人材育成さえ困難になるのではないかと懸念しています。
一方、人口が流入する側の大都市圏では、恐らく今後もしばらくは現在とそう大きく変わらない状況が続くのかも知れません。こうした背景の違いが今後さらに鮮明化することは、地方と大都市圏における問題意識の乖離さえも産み出して行くのではないかと懸念します。
これまでは低出生体重児の増加が危機的と言うことで厚生労働省に対しても強気の姿勢で臨むことができましたが、これからの世代の先生方は患者総数が減る時代を生き抜くための知恵を持たなければなりません。古来より、戦は領土拡大をしている時よりも「撤退戦」の方が難しいと言われます。これからの新生児医療はまさにこうした「撤退戦の時代」に間もなく直面します。
冒頭で、あえて「空気のように」と申し上げましたが、今我々が働いている新生児医療体制はなんの努力もなく維持できるものではありません。ましてや、これからは恐らくこれまで以上に困難な時代を迎えるのではないかと思います。これを乗り越え、さらなる発展を遂げるには、まずはこの新生児医療連絡会に所属する各施設の諸先生ひとりひとりが参加意識を持って望むことが何よりも大切です。都会か地方か、施設の大小、大学か一般病院か、そんなことは一切関係ありません。日本の新生児医療がどうして行ったら良いのか?どうあるべきなのか?本会会員ひとりひとりが真剣に考え、そしてその叡智を結集していただきたいと思います。若い次世代の先生方の力こそがこれからの難しい時代を切り拓く鍵となります。
本格的な少子化が進行するであろう次の10年後には私たちの世代でさえもう定年です。今の30代、40代の先生方の台頭を心から期待するとともに、その若手の台頭を歓迎する新生児医療連絡会でこれからもあり続けて欲しいと願っています。

(文責 成育科 網塚 貴介)

2016.04.20

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先日、東奥日報夕刊の明鏡欄に、医療的ケアを要するお子さんを持つお母さんからの投稿が掲載されていました。

 「医療的ケア児」を知っていますか?
病気や障害のため、たん吸引や人工呼吸器などが必要な子どものことです。
このような子供は保育園や幼稚園に入園することがほぼできません。
「命に関わるから」
「看護師が足りないから」
「前例がないから」
と断られます。
わが子もその一人です。

◇ 多くの子供が保育園や幼稚園に入園し、音楽やお友達とふれあい、心を育てます。
また親は就労が可能になります。
しかし、わが子には保育園や幼稚園という選択肢すらありません。
年齢にあった教育や刺激を受けられぬままの日々。
唯一通園できそうな保育園は母子同伴が条件。
仕事をすることは不可能になり、経済的に苦しくなります。

◇ 医学は進歩しているのに、福祉や制度は見直されず古いまま。
その負担は全て家族が背負う現状です。
実際にどれだけの医療的ケア児がいるのか、県や市は把握していますか?
育てるどころか、将来を絶望視している家族もいることを知っていますか?
共働きで子育てをしたいです。
いつまで泣き寝入りをすればいいのでしょう・

◇ 医療的ケア児を付き添いなしで預けられる保育園や幼稚園が、一つでもできないものでしょうか?
どうか取り組んでいただけませんか?
それともすでに取り組んでいただいていますか?
どこに相談したらいいのでしょう?
関係機関からの具体的な回答をいただければ幸いです。

(青森市・医療的ケア児の母)

医療的ケアのお母さん (Custom)

この現実は、このブログでも何度か取り上げてきました。

昨年3月には東奥日報で「医療措置必要な我が子 どう育てていけば・・・」「受け入れ施設なく 母苦悩」と題して医療的ケアを要するお子さんのお母さんが同様の問題を抱えていることが紹介されました。
2015.03.06 障がい児を持つ母親が子育てしながら働ける社会を

Kamekai記事 (Custom)

この他にも
今年のデーリー東北や、
2016.03.01 青森県の赤ちゃん死亡率、改善傾向 浮かぶ新たな課題

昨年11月の青森朝日放送でも
2015.11.22「続・赤ちゃんを救え〜助けられるようになった小さな命」

同様の問題が取り上げられています。

このお母さんの投稿にもあるように
医学は進歩しているのに、福祉や制度は見直されず古いまま。
その負担は全て家族が背負う現状です。

この現状の責任はお子さん達を助けてきた私たちにもあると日々感じています。

この現実をもっともっと多くの方に知ってもらうことで、ギリギリで頑張っているお母さん達が少しでも希望が持てるような施策が早期実現されることを心から望みます。

(文責 成育科 網塚 貴介)

2016.03.01

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昨日アップしたデーリー東北の記事をスキャンしたので再度アップします。

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2016.02.29

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青森県の地元紙の一つであるデーリー東北新聞で「 青森県の赤ちゃん死亡率、改善傾向 浮かぶ新たな課題 」と題した記事が掲載されました。

小さく生まれて救命されても後遺症が残るお子さんへの支援の問題に関しての報道で、この春からの「成育科」も取り上げて下さいました。

以下、記事本文です。

(作業療法士とリハビリに取り組む石田望笑ちゃん(右)。わが子の成長に由紀さん(左)がほほ笑む=1月下旬、青森市)

(作業療法士とリハビリに取り組む石田望笑ちゃん(右)。わが子の成長に由紀さん(左)がほほ笑む=1月下旬、青森市)

全国ワーストクラスに低迷していた青森県の赤ちゃん死亡率が近年、改善傾向を見せる中、新たな課題が浮かび上がってきた。かつて救えなかった命を助けられるようになった一方、障害や病気などを伴って生まれてくる場合も少なくなく、母親が仕事との両立が困難となったり、頼れる情報が不足していたりするなどの問題に直面している。新たな課題克服に向けて、子どもとその家族を支える仕組みが求められている。

今年1月下旬、青森市のあすなろ療育福祉センター。

「やったー」。作業療法士に指導を受けながら、パズルを完成させた石田望笑(いした・のぞみ)ちゃん(3)=同市=が両手を挙げて喜んだ。日常生活の動作を学ぶリハビリの一環で、わが子の姿に母親の由紀さん(41)が「前よりもできるようになった」とほほ笑んだ。

由紀さんにとって、第3子である三女の望笑ちゃんは2012年5月、641グラム、29センチで生まれた。妊娠6カ月でおなかの違和感を訴え、搬送先の県立中央病院で緊急帝王切開の末に誕生した。

その後、同病院総合周産期母子医療センターで5カ月間を過ごした望笑ちゃんは幾度となく、生命の危機を乗り越えてきた。由紀さんは「子どもの命を生かしてほしいというのが、親の思い。先々のことは考えられなかった」と振り返る。

間もなく4歳を迎える望笑ちゃんだが、知的な遅れがあり、視力も弱い。風邪をひくと重症化しやすいなどの特徴がある。月2回それぞれ、あすなろ療育福祉センターと県立盲学校に通っているほか、耳鼻科に週1回、秋田県にある眼科には月1回など、通院が欠かせない。2月も急性気管支炎となり、5日間入院したばかりだ。夫(41)と共働きで、市内で事務職として働く由紀さんは、職場の理解を得ながら、通院や入院のたびに仕事を休んだり、持ち帰るなどして、やりくりをしている。

由紀さんは県内の新生児集中治療室(NICU)を退院した赤ちゃんを育てる親に呼び掛けて「あおもりNっ子くらぶ」を結成し、互いに情報交換している。

だが、母親の悩みの中には、保育園で子どもを受け入れてもらえず、働けないなどの声もあるという。由紀さんは「核家族化が進み、共働きの時代の中、収入が断たれ、生活が成り立たない」と訴える。

これまでにはなかった課題だけに、情報も不足している。「お年寄りにとってのケアマネジャーのように、小児にもフォローしてくれる人がいれば」と由紀さん。高齢者が介護サービスを利用する際は専門知識を持ったケアマネジャーが付き、サービスの調整をしたり、関係機関と連携を図ったりできるが、小児の分野にその仕組みはほとんどない。いくら制度や支援があっても、親が知らなければ活用されることはない。

由紀さんは「いつ、誰がどんな病気や障害になるか分からない。生かされた命を大事にしてほしい。どんな人にとっても優しい社会になって」と呼び掛ける。

退院後支援 「成育科」立ち上げへ

青森県立中央病院総合周産期母子医療センター新生児科部長の網塚貴介医師によると、県内の赤ちゃん死亡率が改善した最も大きな要因は千グラム未満の赤ちゃんの救命率向上だという。石田望笑(いした・のぞみ)ちゃんのように千グラム未満で生まれるケースは県内では現在、年間30例ほどある。同センターでは、2016年度から網塚医師が専任となる「成育科」を開設し、退院後の赤ちゃんのフォロー体制の拡充を目指す。
低体重で生まれた赤ちゃんのどれくらいに障害や病気があるかを示す統計はない。だが網塚医師は、肢体不自由、知的障害、視覚障害、聴覚障害、発達障害に加えて、医療的ケアが必要など、抱えるハンディは「さまざまな組み合わせや程度があり、千差万別」と解説する。年齢によっても状況は異なってくるという。
これまでも網塚医師は新生児科と兼務し、週2度の外来などで退院後の赤ちゃんをフォローしてきたが、同時にもどかしさも感じていたという。社会的な支援が乏しく、家族が置かれる状況について「レスキュー隊が海の中に浮輪だけを置いてきた感じだ」と指摘。付き添いなどで親が働けない、保育所が見つからないなどの問題のほかに、幼いために障害の認定ができず、必要な支援を受けられなかったり、就学先選びに悩んだりするなどのケースを目にしてきた。
16年度からは、網塚医師が専任として成育科を担当するため、これまでよりフォローする時間が増え、より子どもや家族の状況を知ることができるという。「病院ができることは限られていて、どこまでできるのかは手探りだ。ただ、学校や保健師、地域などと連携し、少しでも親御さんのお手伝いができれば」と力を込める。

 

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ブログ更新情報

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