2014.05.20
今回は「肺に優しい呼吸管理」に関してです。

まずは基本的事項のおさらいから述べていきます。
人工呼吸管理による肺損傷(Ventilator induced lung injury、VILI)の原因としては、
1. Volutrauma
肺胞過伸展による肺胞上皮、血管内皮細胞の障害
2. Atelectrauma
無気肺に隣接する終末細気管支に対する障害
2’.Shear stress
過膨張と虚脱で生じるずり応力による障害
3. Biotrauma
炎症性メディエーターによる障害
が主原因と言われています。これらをなんとか軽減しようとするのが「肺に優しい呼吸管理」すなわち肺損傷予防戦略(lung protective strategy:LPS)で、呼吸管理する上では
1.少ない1回換気量
2.肺の過膨張を防ぐ
3.肺の虚脱を防ぐ
の3点が重要です。

かつて、肺損傷と言えば圧損傷(barotrauma)がその原因と考えられていた時代がありましたが、今は圧そのものではなく過剰な圧で肺を過伸展させることによる肺損傷(volutrauma)の影響が大きいと考えられています。
(肺に対して圧ではなく量が損傷の主原因であると最初に証明したのは、実験動物の胸郭をぐるぐる巻きにして肺が拡がらないようにした上で過剰な圧をかけて換気を行ったところ、肺はダメージを受けなかったと言う実験だったそうです)
そして意外にに見逃されがちなのがatelectrauma(無気肺損傷)です。
Atelectraumaは一般的に上記のような説明がされていますが、分かりやすく言うと、不十分なPEEP下で加圧して肺を無理矢理拡張させると、そのたびに肺胞が虚脱と拡張を繰り返すことで肺がダメージを受けると言う感じです。肺が硬い(肺のコンプライアンスが低い)時に人工呼吸器のグラフィックを注意深く見ると、図のように人工呼吸器で圧をかけても最初のうちなかなかVolumeが増えず、PIPに近くなってから急にVolumeが増え出すようなことがあります。これはPEEPが不十分である時に見られる所見で、atelectraumaはこのような時に生じると考えて良いでしょう。

では、理想的な換気はどのようなものかと言えば、肺の圧量曲線に二つの変曲点がありますが、少なくともこの中間で換気されることが望ましいのではないかと考えられます。ただし、LIP(Lower inflection point)が「至適」PEEPかどうかには異論も多く、PEEPの設定は「肺に優しい呼吸管理」を考える上で、最も頭を悩ませるポイントと言えます。
ここで突然ですが、写真の大小二つの風船をつなげるとどうなるでしょうか?

答えは「小さい方がつぶれ、大きい方が少し膨らむ」です。
膨らませる時のことを考えてみれば当然ですが、風船の膨らみが小さい時の方がより大きな力が必要なことからも分かるかと思います。
「いったん膨らんでしまった風船はより拡がりやすくなる」
これは肺にもあてはまります。

肺の中の個々の肺胞は必ずしも同じ大きさをしているわけではなく、肺胞の状態に応じて拡がりやすかったり萎みやすかったりと、それらが混在していると考えられます。ここで、不十分なPEEP下で過剰な圧で換気すると、過膨脹気味の肺胞はより過膨脹に、虚脱気味の肺胞はより虚脱して無気肺の方向に向かうと考えられます。それを防ぐにはその逆、つまり十分なPEEPで予め肺胞をある程度開きやすくしておいて、なるばく少ない換気量で換気するのが理に適っているはずです。
このような換気をしていると自ずとCO2は高めにならざるを得ませんが、可能な限り高めのCO2を許容する方針がPermissive hypercapniaです。下の図は人工呼吸管理中の超早産児におけるpCO2の分布ですが、55mmHg以上の比較的高めの値は検体数として約1/3、患者数としては約8割を占めます。

pCO2を高めにするとアシドーシスが心配になりますが、この中でPH<7.25となった例は4検体(2名)のみで、いずれもその後に代謝性に対償しています。

では、人工呼吸管理中の肺損傷予防は具体的にどのようにしたら良いのでしょうか?
Volutraumaを最小限にするには一回換気量を抑える必要がありますが、ただそれだけでは酸素化が悪くなる可能性があります。その点ではatelectrauma予防以前に酸素化を得るためにも十分なPEEPが必要と言うことができるでしょう。
また換気モードはどうしたら良いのでしょうか?SIMVだけで行おうとすれば、恐らくは自発呼吸がある時にはSpO2は維持できるでしょうけれども、自発呼吸のない時には圧不足になる可能性は十分に考えられます。その時々で細かく設定変更できれば良いですが、あまり現実的ではなさそうです。またより肺に優しいPSVは、肺のコンプライアンスが悪化すると一般的に吸気時間が短くなりますので、前述した機能的残気量(FRC)が可変と言う前提に立てば、PSVのみの管理も難しい可能性があります。
この辺の問題に対しては各施設間の違いもあるかと思います。看護師さんが頻回にバギングしていたり、看護師さんに人工呼吸器の設定変更を任せることで対処している施設もあるかと思います。

こうした問題、つまり実際のPEEP設定や換気モードの選択をどのようにしたら良いのか?この問いに対する答えは次回以降に続けたいと思います。
2014.05.19
今回は早産児の呼吸調節に関してです。

昨日に続き、また皆さんに質問です。
早産児が無呼吸になるのは呼吸中枢が未熟だからと言われますが、それではなぜただ圧をかけるだけのnasalCPAPが有効なのでしょうか?SiPAPのように時々加圧してくれるなら呼吸刺激になりそうな気もしますが、nasalCPAPはただ圧をかけているだけです。未熟児無呼吸の原因が中枢型無呼吸ならnasalCPAPは効果がないはずだと思いませんか?

無呼吸発作を分類すると中枢型、閉塞型に加えて混合型と言うのがあります。混合型と言うのは、気道の閉塞等が生じた時に、それに抗って呼吸を再開させることができず、そのまま中枢の方も呼吸するのを諦めてしまうタイプの無呼吸で、これが早産児の無呼吸発作の主原因と言われています。

ここで新生児の呼吸調節のおさらいをしてみたいと思います。呼吸中枢は延髄にありますが、これはそれだけで呼吸を維持しているのではなく、いかなる時にも呼吸が止まらないように大脳皮質や各種受容体からの多重の刺激によって自発呼吸を維持しています。化学受容体としては脳幹部にある中枢性化学受容体は水素イオンに、また大動脈弓などにある末梢性化学受容体は低酸素に対して反応します。この他に胸膜にある伸展受容体は肺の膨らみを検知し、これは血液ガス値に関係なく独立して呼吸刺激すると言われています。

一方、早産児は成熟児に比して呼吸中枢が全体的に未熟です。その中で伸展受容体を介した神経反射性呼吸調節が大きな位置を占めます。

神経反射性呼吸調節の中で最も有名なのがHering-Breuer(HB)反射です。この反射は肺胞が膨らむと吸気から呼気へ、肺胞が縮むと吸気へ移ることにより規則正しい呼吸リズムを作りやすく、機能的残気量(FRC)が少なく肺胞が虚脱しやすい早産児のFRC維持に役立っています。規則的な吸気と呼気の交代性を振り子に例えると、HB反射は振り子そのもの、呼吸中枢はその振り子を振ろうとする力(呼吸中枢からの遠心性刺激)に相当します。

この振り子は、成熟児であれば振り子自体(=HB反射)は小さく、呼吸中枢による遠心性刺激が大きいですが、

早産児ではその逆に、弱い呼吸中枢を大きな振り子(強いHB反射)で補っていると言えます。しかし、ある意味惰性とも言えるこのHB反射は、ひとたび気道閉塞などによってその振り子が止められてしまうと、呼吸中枢自体は未熟ですので呼吸が再開できず無呼吸発作に陥ってしまいます。早産児における呼吸中枢の未熟性とは「閉塞に抗って再呼吸することのできないこと」と言い換えることができるかと思います。

早産児ではさらに高CO2血症や低酸素血症に対する反応も未熟です。通常、CO2が上昇すると換気応答により換気量が増えますが、無呼吸発作児ではその換気応答が乏しいことが知られています。また低酸素の場合も、通常であれば低酸素血症が呼吸刺激になるところ、早産児では逆に呼吸抑制として作用することも知られています。一度SpO2が低下してしまった早産児はbaggingしないとなかなかSpO2が再上昇しないことも、このような機序によって説明が可能です。

またHB反射の維持には機能的残気量(FRC)の維持が不可欠です。吸気と呼気の交代性に寄与しているとは言っても、極端にFRCが小さくなってしまった状態ではもはやHB反射は作動しません。つまり早産児の自発呼吸維持にはFRCの維持が不可欠であり、FRCの維持は自発呼吸と好循環の関係となりますが、FRCの低下はHB反射の停止と低酸素血症による呼吸抑制と言う二重の悪循環に陥ることになります。よって、早産児の自発呼吸維持は図のようにまさにやじろべえがどちらに傾くのかにかかっていると言うことができるかと思います。
かなりざっくりした感じで解説してきましたが、今回の部分の詳細は イラストで学ぶ新生児の生理と代表的疾患 改訂2版 「第1章 呼吸」で詳しく書かせていただいています。eBooks 版も出ていますので、是非、ご覧いただければと思います。
この自発呼吸の維持とFRCの維持が人工呼吸管理の中でさらにどのような意義を持つのかは、次回以降に解説したいと思います。
2014.05.18
先月、名古屋第一赤十字病院で新生児の人工呼吸管理に関して講演させていただきましたが、その時のスライドをホームページ用にまとめたので、これから随時アップしていきたいと思います。
今日はその第一部、Part1です。

早産児の呼吸管理を考える時、まず成人との違いを抑えておく必要があります。NICUで働くようになったばかりの頃、指先にパルスオキシメータのセンサーを巻き、息を止めてどこまで下げることができるかやってみた方も多いかも知れません。これ、健康な成人が90%以下になるまで息を止めているのはかなり苦しいはずで、それまでに結構な時間もかかるはずです。でもいつも診察している早産児の赤ちゃん達は無呼吸になるとあっという間にSpO2が下がってしまいます。でもひとたび息を吹き返せばあっと言う間に元の値まで戻ってしまいます。これは機能的残気量が回復するからですね。早産児と成人の違いの一つはここにあります。

あらためて言うまでもありませんが、呼吸とは「換気」と「酸素化」の両者を意味します。

換気、すなわちCO2の拡散は肺胞と肺動脈血のCO2分圧較差によって行われます。

一方、酸素化、酸素分子の拡散は両者の酸素分圧較差に加え、拡散面積が重要な役割を持ちます。この拡散面積とは肺の中では平均肺容量のことを意味します。

では、この平均肺容量とは何か?と言うと、この図のようによく見る肺活量の図の中では、安静呼吸時における機能的残気量(FRC)や大きく息を吸った際の換気量までを含めた、図中のピンク色の部分の面積の平均値に相当します。時間による積分値の平均値と言い換えることができるかと思います。

ただ、よく見るこの図で注意しなければならないのは、実は機能的残気量(FRC)は一定ではないと言うことです。FRCが不十分な時と言うのは肺胞が十分開いていないと言うことを意味します。酸素化は静脈血が右心室から肺動脈に運ばれ、肺胞を通る際に行われますが、ここで肺胞の開きが十分でない場合、血液は十分酸素化されることができず、静脈血がふたたび動脈を通して全身に運ばれることになります。つまり肺内シャントが生じてしまいます。

それではどのような時にFRCが低下するのでしょう?典型的な無呼吸の場合、自発呼吸が消失してSpO2も下降するのが一般的ですが、

自発呼吸が保たれているのにSpO2が低下してしまう状態もよくみる光景です。

これは人工呼吸管理中でも同様です。

この図では、SpO2低下の前に、食道内圧(=胸腔内圧)が上昇する一方で肺容量が低下している所見を認めます。何か起こっているかと言えば、赤ちゃんが人工呼吸器の圧に打ち勝って、自分で息を吐き出していると考えられます。

FRCが低下する機序はこれだけではないでしょうけれども、いずれにしても早産児ではFRCはかなり不安定であると言うことは理解しておく必要があると思います。FRCの維持は自発呼吸の維持にも重要な役割を果たしており、この詳細は後日あらためてアップしたいと思います。
2014.05.16
当科にまた新たな人工呼吸器がやってきました。
Servo-iと言う機種で、この人工呼吸器自体は汎用機として広く使われている機種ですが、新たにNAVA(Neurally Adjusted Ventilatory Assist)と言う全く新たな呼吸モードを搭載しました。

このNAVAと言うのは、横隔膜の神経信号(横隔膜活動電位:Edi)を直接検知して換気補助を行う自発呼吸モードで、当科で頻用しているステファニーのPAV(proportional assist ventilation)が自発吸気フローに比例した補助を行うのと同じようにNAVAではEdiの強さに比例した大きさの換気補助を行います。従来の人工呼吸器は患者さんの吸気努力を口元のフローとして検知してから、それを人工呼吸器へフィードバックさせて換気補助を行っていましたが、NAVAは横隔膜活動電位自体を検知するので、より理想的な人工呼吸管理が期待されます。

横隔膜活動電位の検知には食道内に栄養チューブを兼ねた専用のカテーテルを挿入し、そこで電位を検知させます。

患者さんの自発呼吸がしっかりしている時にはEdiもしっかりしていますが、無呼吸になるとEdiは平坦になってしまいます。

患者さんの自発呼吸の強さに比例した換気補助を行うと言う点ではPAVとかなりの共通点があります。今後、NAVAは新生児領域でも徐々に拡がっていくと期待されますが、従来式の従来式人工呼吸器とはかなり使い方が異なりますので、その点ではかなり以前からPAVを使いこなしてきた当科だからこそ、NAVAの導入に際しては他施設よりアドバンテージがあるのではないかと考えています。より赤ちゃん達に優しい人工呼吸管理が実現することを願っています。
2014.04.14
今週末は名古屋の小児科学会に行ってきました。今回は学会参加の他に大きな二つの目的があります。一つは昨年、電カル関連で見学させていただいた名古屋第一赤十字病院でSLEシリーズを中心とした人工呼吸管理に関してお話しさせていただくこと、もう一つは「光のNICU」で注目されている名古屋第二赤十字病院を見学させていただくことです。
学会2日目は早朝の会議に出席した後、地下鉄で名古屋第一日赤病院へ向かいます。この病院はなんと地下鉄駅と直結していて、「中村日赤」で地下鉄を降りるとそのまま地下道から病院に入ることができます。写真は地下道から見た病院入り口です。

人工呼吸管理勉強会の会場にはSLE5000もセットされていて、講義後に実機で実演できるようになっていました。内容はちょっと盛り込みすぎてしまい、予定をオーバーして90分以上かかってしまい、その後に実機での説明も加えて2時間以上になってしまいました。今回の内容はまた後日、このブログでも分割してご紹介してみたいと思います。


この後、学会場に戻って、夕方からは名古屋第二赤十字病院の見学会です。会場近くの地下鉄駅から向かいますが、実は名古屋第二赤十字病院も同じく地下鉄駅と直結されていて、車いすでもエレベータでそのままアクセスできるようになっています。写真は地下鉄からのエレベータを降りたところから見た病院です。名古屋市の都市計画の素晴らしさを改めて感じました。

名古屋第二赤十字病院NICU見学のご案内は新生児科の田中太平先生がして下さいました。田中先生は私が昔研修でお世話になっていた埼玉医科大学総合医療センターに勤務されていた先生で、ご一緒に働かせていただいたことはないのですが故小川雄之亮教授門下の兄弟子にあたる先生です。
写真はNICUの入り口です。壁面には退院されたお子さん達が書かれた絵や習字が飾られ、廊下のつきあたりにはステンドグラスが飾られています。このステンドグラスの色はそれぞれのガラス自体の発色によるものだそうで、内窓の内側・外側にそれぞれ貼り付けてあります。この窓はちょうど真西を向いていて、季節によって夕陽の入り方が異なるそうです。また入り口の左手のちょっとした空間は天井から色んな形が投影されていて目を楽しませてくれます。




この写真はGCUです。もともと天井が低ことからその圧迫感を何とかしたいと言うところが今回のヒントになったそうです。照明は調光可能なLEDが全て間接照明となっており、日中では300ルクスもあるそうなのですが、全くそんなに明るいとは感じませんでした。田中先生は今回の改修に際して、照明に関して徹底的に勉強されたそうで、今回の見学会でも聞いたこともない専門用語がポンポン飛び出します。

夜は照明をさらに下げるそうで、実際に少し暗くしてみていただきました。写真だとちょっと分かりにくいかも知れません。

こちらはNICUです。天井の照明がまるで天の川のように波打っています。こうした形も圧迫感を少なくする工夫のようです。

LEDライトによる間接照明は乳白色のアクリルよりも熱に強いポリカーボネイトのボードで覆われており、埃がたまらないように工夫されています。当院の工事でも間接照明を取り入れたいと考えたことがありましたが、この方法には全く思い至りませんでした。

さらに天井は間接照明によって照らされた明かりが反射しにくいようにつや消しされており、通常であれば金属面が露出する換気用フィルターカバーにまで同じ塗装がされていると言うこだわりです。

これは人工の窓で、外の景色を見ることなくこの世を去られる赤ちゃん達のために作った部屋に設置されています。

この他、写真にはありませんが、当直室や仮眠室、トイレに至るまでいたるところに照明による「癒やし」を感じることができます。最も最先端の照明技術があらゆるところに採用されたNICUですが、その根本には赤ちゃんやそのご家族、さらに働く者の立場まで熟慮された上での設計理念が明確に伝わってくるNICUでした。
名古屋第二赤十字病院NICUはマスメディアでも注目されています。
以下にYou tubeのリンクをご紹介します。
「光あれ…新生児集中治療室は今…。命の最前線で戦う医師…病室を安らげる場所に」
今回、人工呼吸管理の勉強会でお招き下さった名古屋第一赤十字病院の大城先生、「光のNICU」を見学させていただいた名古屋第二赤十字病院の田中先生、ありがとうございました。