東奥日報夕刊の連載 「知ってほしい赤ちゃんのこと」 は今週月曜日が20回目でした。今回から何回かにわたって母乳育児の話題を取り上げて行きたいと思います。
以下、本文です。
今回から何回かにわたって母乳育児の話題を紹介したいと思います。
赤ちゃんを母乳で育てることのメリットは、特に欧米を中心に膨大な科学的データが集積され、感染症に対する免疫効果や知能の発達に良いというデータもあります。こうした母乳育児の重要性を多くの方に知ってもらいたいと思うのですが、一方で、「母乳がなかなか出ない母親もいるのに追い詰めることになりはしないのか?」と言う懸念も度々耳にします。確かに母乳育児の重要性を発信・推進する側としては、こうした指摘に対して重々配慮していく必要があると考えています。
ただ、ここで重要なのは、母乳育児の重要性を誰に知ってほしいのか?という点です。
そもそもお母さんたちの多くは、いまさら母乳育児の大切さなど、他人から言われなくても十分知っているはずです。そして、できれば母乳で育てたいという希望を持っていて、その理由だって「ただ母乳で育てたいから」それで十分です。お母さんたちに母乳育児のメリットを第三者がことさら強調する必要などなく、むしろ「大きなお世話」と言うものでしょう。必要なのは母乳育児がうまくいくための正しい情報と支援です。
それでは、実際に母乳育児をしている方を取り巻く環境はどうでしょうか?お母さんたちに日々接していると、母乳育児を続けることに困難さを感じる場面が多々あります。特に早期に職場復帰されたお母さんにとって、母乳育児の継続は多くの場合かなりの困難をともない、諦めている方が多いのが実情です。
これまでも述べてきたように、働くお母さんが増えています。早産児のお子さんを保育所に預けると、「保育所で母乳を与えるのは無理」と言われるとよく耳にします。早産児は免疫能が未熟なので、早期の集団生活による感染のリスクを考えると、母乳を続けられるのに越したことはありません。にもかかわらず、現状では保育所で母乳を与えたいというのはぜいたくな要求となっているようです。
また、職場にも問題があります。母乳育児を続けるには、お母さんたちは職場でも数時間おきに搾乳をしなければ胸が張ってしまったり、結果として母乳の出が悪くなったりしてしまいます。しぼった母乳を後で赤ちゃんに飲ませるなら冷凍庫・冷蔵庫も必要です。しかし、多くの場合、お母さんたちはトイレで搾乳しては、保存する場所もなくそのまま捨てているそうです。これもまたよく耳にする話です。
保育所にしても職場にしても、そう簡単に理想的な環境が実現するとは思いません。特に保育所はぎりぎりの人員で運営されているところも多いので、一方的なことばかりは言えません。
それでは母乳育児の重要性は誰に対して伝えられるべきなのでしょうか? それはお母さんたちを支えるべき「社会」に対してではないかと思うのです。
正しい情報と支援さえ得ることができれば、ほとんどのお母さんは母乳で赤ちゃんを育てられると言われています。問題は、「母乳がなかなか出ない母親もいるのに追い詰めることになりはしないのか?」という言葉の陰に隠され、結果として母乳育児支援自体が社会からタブー視され、そのことによってお母さんたちへの支援がないがしろにされてしまっている現状にあるのではないかと感じています。
こうした、一見、思いやりがあるように見える社会としてのタブー視こそが、現実には母乳育児がうまくいかずに傷つくお母さんを増やしているということに、気づくべきではないでしょうか。母乳育児の重要性を知らなければならないのは、お母さんではなく、社会そのものではないかと思うのです。