東奥日報夕刊の連載「知ってほしい赤ちゃんのこと」は今週が12回目です。今回は今回は小さなお子さんを持つご家族に日々接している立場から、お子さんが入院した際の家族の付き添いの問題に関して述べてみました。このことは昨年1月に 朝日新聞のオピニオン欄に投稿させていただいた内容の延長線上にあります。少子化対策と言うのなら、こうした家族にとっての「リスク管理」にももっと配慮があっていいのではないかと感じています。こうしたことは私たち医療従事者が訴えてもなかなか相手にされないところがあります。是非、当事者である患者さんのご家族からもどんどん「生の声」を挙げていただきたいと思っているところです
以下、12回目の本文です。
これまで比較的一般的な観点からわが国の少子化の背景をご紹介してきましたが、今回は小さなお子さんを持つご家族に日々接している立場から常々感じていることを述べたいと思います。
働きながらの子育ては本当に大変なことと思います。仕事の時間と保育所のお迎えの時間との調整など、日々の生活は絶妙なバランスの上に辛うじて成り立っている場合も多いでしょう。お子さんが熱を出したりするとさらに大変です。病児保育の整備もまだまだですし、ましてや入院にでもなれば小児科病棟への付き添いが大抵求められますので、そうなると家族の誰かが仕事を休まなければなりません。
お子さんが入院すると家族が付き添うのはごく当たり前と思われがちです。しかし、保険診療では小児であっても家族の付き添いは「不要」という建前になっていて、あくまで「家族の希望」として扱われていることをご存じでしょうか? 一般的な小児看護体制では看護師1人あたりの夜勤担当患児数は10人を超えます。同じく子どもを預かる保育所と比べてみると1歳未満の場合、保育士1人あたりの乳児数は3人まで、3歳以下でも6人までと法律で定められています。病院の看護体制がいかに手薄かはご理解いただければと思います。さらに病児なのですから「付き添い不要」が非現実的であることは誰の眼にも明らかです。
問題は、小児看護の建前と現実の矛盾にあります。「家族の希望」と言いながら、実のところ子どもの看護は主に母親の付き添いに依存しています。しかも、この問題は建前上「問題自体が存在しない」ことから、これまで議論されることすらありませんでした。
雇用環境が不安定化する中、働くお母さん達にとって子どもの入院に付き添うことは、時に失業と背中合わせとなります。お子さんが頻繁に入院することになったために退職せざるを得ない状況になったお母さん達も実際にいらっしゃいます。ましてやお子さんに障がいや疾患があって入院が長期にわたる場合のご家族の負担は想像を絶するほど大きなものになります。
女性の就業率の上昇は単なる「女性の社会進出」ではなく、経済的な不安定さからやむなく働きに出ている側面が強いとお伝えしてきました。この点から考えると、付き添いに伴うお母さんの失業は世帯収入の減少につながりますし、シングルマザーなら生活基盤の喪失を意味します。これが少子化対策を進めている国の現実とはとても思えないのです。
建前上、付き添いが不要となっているからと言って病院側ができることは多くはありません。実際にご家族に付き添っていただけないと、一般的な病院では安全な看護はまず不可能でしょう。
「子どもが入院する時ぐらい親がいて当然」。それはもっともなことで、本来は働くお母さんと言うよりも「子どもの権利」の視点からも、お母さんが職場になんの気兼ねもなく入院に付き添える社会が望ましいことは言うまでもありません。しかし、それを許さない雇用・就労環境が日本社会の中に厳然と存在しているのも事実です。現状は建前との狭間にご家族達を押し込んでしまっているのです。
こうした状況を少しでも緩和しようと、県病では一昨年から、付き添いなしで看護できる小児の病室を1室だけですが常備しています。ただし、長期入院の患者さんが中心で、現状ではとてもすべてのお子さんに対処するだけのキャパシティはありません。それでも、実際にご利用されたご家族はもちろんのこと、こうした病室を用意してあること自体が、特に長期入院の可能性のあるお子さんをお持ちのご家族にとっての安心につながっているとの声もお聞きしています。こうした対策が各地で拡がってくれれば、少しは子育て中のお母さん達にとっての朗報となるのではないかと思いますが、いかがでしょうか?